2018年の果樹園便り

また秋が巡ってきました。

都市とは違い雪国の会津では、人々の暮らしは季節に寄り添うように過ぎてゆきます。田んぼの稲刈りが終わる頃から日没が早まり、肌で感じる朝の風や、手に触れた水の冷たさ、そして山の頂きから始まる紅葉が、季節を計る物差しになります。ほらもうすぐ初雪が降り、また長い冬がくるぞと、黄色く紅葉した古い銀杏の樹が教えてくれます。

人々は、そそくさと畑の作物を収穫し、漬物用の白い大根を軒下に吊るし、天気のいい日には、落ち葉や大豆の殻を畑で燃やすと、白い煙がいく筋も空にあがります。里の秋の風景です。

人はこのような季節を60回あまり過ごすと、還暦とよばれる歳になります。

定年を迎えこれから第二の人生だなどという会社員、まだまだ若いものにはと強がる自営業者、もう疲れましたと気の弱い公務員。しかし皆共通しているのは、人恋しくなるのか夜の会合が増えることです。小学校の同級会、中学校の3年4組のクラス会とか、またクラス会を開く準備会とか何かにつけて会合を持ちたがります。40数年ぶりに会うと、どうしても思い出せない顔が、必ず何人かいたりします。でも、しばらく話していると、突然鮮やかに小学生の顔がよみがえり、過去に一気に遡る不思議な体験をします。歳とったな、とお互い指差します。なにか皆嬉しそうな顔をしています。子供の顔にもどる一瞬です。

人生のこれからの道のりを見上げると頂上は雲に隠れてまだ見えないようです。振り返ると、この人生を歩き始めた場所は遠くぼんやりとかすんでいます。

遠くまできたなと感慨深くなります。

町の幼稚園の卒園式に来賓として出席すると、子供たちより着飾った親御さんに目がいきます。子育て真最中の若いお父さんとお母さん。夜中に起きてミルクを与え、朝眠い目でお弁当を作り、着替えをさせ送り出す。職場では覚えることがいっぱいあり上司には怒られる。周りとの人間関係にも気を使い、経済的にも一番苦しい時で、未来に対する不安がいっぱいのそんな時代を生きている。大変だろうなと思います。頑張れよと小さい声でつぶやきます。

若い時代にはわからないことが歳を重ねると解ることがあります。振り返ってみると、その若い時代の苦しく不安な日々が、実は長い人生の中では、珠玉のような時代だったということが、この歳になると解ります。「今、君たちは気づいていないだろうが、宝物のような毎日を生きているのだよ」と心の中でつぶやいています。

若い頃の自分に言っているのかも知れません。また只見川のほとりにある、大きな年老いた銀杏の樹に会いたくなりました。

果樹園では、今年もまた林檎が赤く色づきました。

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